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やさしいんだね
第3章 教師は何も
 あんな男と好き好んで家庭を築こうと決意する女がこの世に存在するのか。
 ソンの車の中で、小百合はそればかり考えていた。

「ところで小百合様ァ。このまえ散々騒いでた塾のテストっての、結果はどうだったんだい?」

 ソンは50代前半の弁護士事務所を経営しているバーコードハゲのもとに小百合を送迎するために、ワンボックスのハンドルを握っている。
 小百合は産院へ急ぐ八田の後ろ姿から思考を現実の、ソンの指先に挟まった煙草の赤い炎へ移した。

「え?ああ、もちろん合格したよ」
「それはそれは!」

 小百合の視線は赤い炎から塾での記憶へと映る。
 テストの結果は2位。
 文句なしの結果で特進クラスへ進級できたわけだ。
 
「おめでとうございます小百合様ァ。でもお忙しくなられるんでしょうねぇ?」

 小百合の耳にはもう、ソンの声は届いていなかった。
 代わりに、窓の外で後ろに流れていく景色のなかにあった、まるでホテルのような外観の産婦人科に視線を奪われていた。

「赤ちゃん」
「え?」

 律儀に聞き返すソンの存在すら、今の小百合にとってはないも同じことだった。

 あんな男でも、子供を持つことができるのに。
 陰気な顔は今日で3人の子の父親となると言った八田から、やはり、あいつの顔にすり替わっていた。

「あの時のわたしは、100万円の価値があったんだよね」

 
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