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やさしいんだね
第3章 教師は何も
 ソンは黙っていたが、それは懸命な判断であった。
 小百合がまだ小百合になるまえ、シズクだった頃の、暗い記憶の話を、シズクが自ら望んで始めたからだ。

「今日担任が、奥さんに赤ちゃんが生まれるって言って、帰ったの。それを聞いたら色々思い出しちゃって・・・フラッシュバックっていうのかな。もったいなかったなぁって、悔しくなる。あいつにヤラれる前にあんたと出会ってたら、私、100万を手に入れてたのに」

 そして100万円を出してくれる相手が色黒さんだったらよかったのに、と喉元まで込み上げたが、それは言わないでおいた。
 ソンは情愛の念を込めた音程で鼻を鳴らし、シャツの胸ポケットからベージュにチェック柄のハンカチを取り出し、一言も発しないままそれを小百合に手渡した。

「ありがとう。べつにそれ以外のことはこの仕事に役立ってるから、どうだっていいの。でも、100万を、私の処女を、ドブに捨てたようなもんだって思うと悔しくてたまんなくて」

 車内に小百合の嗚咽が響く。
 信号が赤になり、車が停る。
 ソンは小百合の肩に手をかけ、そして顔を近づけ、唇を重ねた。
 そのキスは単純に、小百合の思考回路を理解し尽くしているソンが、小百合が泣いた場合の対処法を心得ているというだけのことで、それ以上の感情は存在しない。
 だからこそ小百合はかつて自分の身体の上に史上2番目というかたちで乗った男であるソンの舌を素直に受け入れたのだ。

「今日終わったら、あんたんち泊まっていい?」

 真っ赤に充血した瞳で上目遣いにソンを見上げるのも、やはり小百合でなく、ただの14歳である、シズクであった。
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