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泡のように
第20章 19.
 見慣れた団地にレクサスがたどり着いたのは、日が沈む前だった。
 5階建てのコンクリート造りの長方形の向こう側にある濃紺の空に、オレンジ色の太陽が沈んでたまるかとでも言いたげに、しつこく顔を覗かせている。

 303号室のチャイムを鳴らしたのは、私1人だった。

「智恵子」

 娘の突然の帰宅に鍵を開けたのは、山岸のおっさんだった。
 おい母さん、智恵子が帰ってきたぞ。
 駆け足で廊下の向こうに消える細身の背中を追う形で、慣れないパンプスを脱いだ。

「あらま智恵子、どうしたの」

 先週退院したお母さんは、やはり普段通り乱雑に散らかった居間で、やはり退院前と変わらない様子で饅頭をつまんでいるところだった。
 時計の針は夕方6時を少し回ったところ。
 夕飯前だというのにたいした食欲と、反省のなさだ。

「ビリーズブートキャンプ買ってダイエットするんじゃなかったの?」

 お母さんの横、すなわちエアコンの風が一番当たる場所に座り、着慣れない高級な生地のワンピースの裾をバタバタと扇いだ。

「なに言ってるかちょっと分からないわ。それよりあんた、何しに来たの?」

 とぼけるお母さんの目の前には灰皿と、その中には吸殻が。
 次に脳の血管が切れたら死ぬって言われたはずなのに。

「結婚の挨拶」
「は?」

 唖然としたのは、山岸のおっさんだけだった。
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