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泡のように
第29章 28.
 お兄ちゃんは汚い畳部屋の、これまた汚いパソコンの前に腰を下ろして、デスクに頬杖をついていた。
 レイナがこの光景を見たら悲鳴を上げて、そこらじゅう掃除して、整理収納して、そしてお兄ちゃんごと洗濯してしまうだろう。

 部屋が汚れていると心まで汚れてしまうなら、お兄ちゃんの心は、もとがどんな状態かわからないくらい、汚れきってしまっているってことになるのだろうか。
 お母さんの心も。
 山岸のおっさんの、心も。

 
 コカ・コーラを冷蔵庫に仕舞ってから、陰気なオーラが漂う背中に後ろから抱き着いた。
 冷房が28度設定のうえ、運転を始めたばかりのせいか、Tシャツは汗で濡れていた。
 
「なんで黙ってるの?」

 湿った背中に頬を付けると、まだシャワーを浴びていないのか、じんわりと汗の匂いがした。

「お兄ちゃん、おこなの?」

 お兄ちゃんの髪の襟足も汗で湿っている。

「ねぇこっち向いて?」

 厚い胸板に回した手のひらにお兄ちゃんの鼓動が響いている。
 振り向かないままでいるお兄ちゃんに、先ほどおっさんがかけてくれたタオルケットの中で思い立ったシナリオの冒頭文を述べた。

「ねぇさっき山岸さんにね、襲われたの」

 途端にお兄ちゃんが振り向いた。
 
「いまなんて」

 見れば、額からも汗が流れている。

「うわぁ、エアコンの温度下げようか?すごい汗だよ」
「襲われたってどういうこと?」
「20度くらいにしたほうがいいんじゃない」
「おい、答えろよ」
 
 みるみるうちに怒りで全身が包まれていくお兄ちゃんを見ていると、自然と笑いが溢れた。

「お兄ちゃん、どうして早く気付いてくれなかったの?・・・あの人、ずっとまえから私を犯してたんだよ?怖くて言えなかったの・・・」

 お兄ちゃんは黙って立ち上がった。
 自分自身の中の、支配欲の問題で。 


「なんて・・・言ったところで、お兄ちゃんは心配なんて、しないよね」


 背中を見送った私の声は、怒り狂うお兄ちゃんに聞こえただろうか?

 
 
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