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泡のように
第31章 30.
 朝、目が覚めると、布団の中にお兄ちゃんの姿はなかった。
 その代わり、脱ぎ捨てられたボロいタンクトップと色褪せたハーフパンツとヨレヨレのトランクスが、私の隣で重なっていた。
 なんとなくタンクトップを手にとり鼻に近づけると、じんわり汗の臭いがした。
 風呂場からシャワーの音が聞こえてくる。
 白い湯気に似た肌にまとわりつく実体のない幸せを噛み締め、昨晩のことを思い出しながら下着を身に付け、台所に立った。 
 我らの空腹のためと、哀れな女のために。




「お母さん」



 通学前に、隣の部屋の鍵を回した。
 そして、そっと寝室の襖戸を引く。 
 1級遮光のカーテンを締め切っているせいで室内は真夜中のように真っ暗だった。
 ベッドの上でぐったり横たわるお母さんのシルエットは、ピクリとも動かない。
 返答などなくとも、私は声を掛け続ける。
 彼女1人のための寝室となってしまった畳部屋の襖戸の前に立ち、彼女のテリトリーを侵食しない位置から。
 いちおう、この女の、娘としての、最低限の気遣いを抱いて。



「お母さん、ご飯食べた?」

 

 襖戸の中の、薄暗い、擦り切れた畳の上に、お兄ちゃんの台所で作った見栄えの悪いホットケーキをサランラップ姿で置く。



「お腹すいたら、よかったらこれ、食べて」



 返答のない大きな肥満の背中をしばらく眺める。
 そして、いってきます、と挨拶して、襖戸を静かに締め切った。
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