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泡のように
第31章 30.
 静まり返った校内をぶらぶら歩き、下駄箱で上履きとローファーを交換する。
 そして正面玄関を出ようとしたとき、2年の時の担任に呼び止められた。

「山岸さん!」

 冬彦さんを彷彿とさせるダサイ大きいレンズのメガネに、ダサイふんわりした七三分けヘアで、オリーブオイルみたいなやせっぽちの身体にダサイポロシャツとダサイ霜降りジーンズを纏った、情報処理担当のオタク丸出しの40代の男性教員。

 名前すら忘れてしまっていたが、一方で彼は私のことを覚えていたようで、というより一人歩きし続ける噂のせいで有名すぎる私のことを元担任として意識せざるを得なかっただけかも知れないが、とにかく焦った様子で小走り気味に私に近付いて来たものだから、私まで焦ってしまった。

「なにしてるんだ、まだテスト中だろう」

 臍より上できつく締められたジーンズのウエストベルトと皺の寄ったポロシャツに視線を置いてから、すぐに彼の顔を見上げた。
 彼のベルトの位置と同じところに、手のひらを当てながら。

「どうしても体調が優れなくて」

 しかし、いつの日かHRで独身だと語っていた彼には意味が分からなかったのか、

「イヤイヤ、そんな甘ったれたこと言ってる場合じゃないんだぞ。テスト受けとかないと留年するかも知れないんだぞ?山岸さんの成績だと」

 なんて、真面目に心配してくれている。
 だから、もっと直接的に彼に伝わる方法で、帰宅したい旨を伝えた。



「でも・・・つわりがひどくて、今にも・・・う」




 

 胃から逆流するものが喉にこみ上げる濁った音が、蒸し暑さの残る正面玄関に響いたから、彼はダサイメガネの向こうにある離れ気味な奥二重のつぶらな瞳で、呆然と私を見つめる事態となった。


「・・・このこと、黙っててくださいね」


 さすがに、ホットケーキを吐き出したりはしなかったけれど。
 しかし、恐らく、彼は今日、この高校内に於いて2番目に不幸な男だっただろう。
 
 
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