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泡のように
第32章 31.
 お兄ちゃんは彼の心の中で彼を苦しめ続ける理性の存在により、私に優しくしようと努めていた。
 その理性が、私の髪を撫でる。
 私が揺れているように、お兄ちゃんもまた、揺れている。
 どちらに転ぶのが、幸せなのだろう。
 わからないから私はお兄ちゃんを試したくなる。
 もしかしたら、もしかすると、お兄ちゃんは私を。
 ほんの少しでも私を。

「金って、なによ」

 鼻がキーンと痛む。
 たぶん私の泣き顔はリナと匹敵するくらいブサイクだろう。
 だからお兄ちゃんは、もう一度笑ったのかも知れない。

「な、なにって・・・。智恵子?世の中はね、需要と供給で成り立ってるんだよ。兄ちゃんは、あいつに需要があったから、あいつは俺に供給した。そ、それだけのことだよ」
「でもリナはお兄ちゃんに好きだって言ってた」
「そんなこと、兄ちゃんには関係ないことだよ」
「あの子泣いてた」
「だから?」

 語尾の強い返答。
 こんなふうにお兄ちゃんは、リナに迫ったのだろうか。

「だったら、なんだって言うんだよ」

 凛々しい眉が厳しいかたちで中心に皺を寄せて、私を睨みつけている。
 口元は笑ったままなのに。

「泣いてたら付き合ってあげなきゃいけないの?好きだって言われたら好きにならなきゃいけないの?だから、智恵子は、誰からも、バカだって言われるんだよ。世の中の人間がみんな、男がみんな、本音しか女に言わないって思ってるの?お前が付き合ってた、あの、変態だって、本当はお前のことなんかこれっぽっちも愛してなくてな、お前が簡単にヤラせ、」

 バチンと鈍い音が響く。
 お兄ちゃんの頬を殴ってしまったんだと気付いたのはそのあとだった。

 イッテェ。
 お兄ちゃんはまた、そんなふうに呟いて私がぶったところを撫でるだけだった。

「先生のこと、そんなふうに言わないでよ」

 どこまでも最低な私は、お兄ちゃんを試すためだけに、また先生を利用する。
 涙を流してまで、先生の気持ちを利用してまで、お兄ちゃんを求め続ける。

「なんにも知らないくせに先生のこと悪く言わないでよ」
「じゃあ、お前も俺のこと、悪く言うなよ」
「それとこれとは違う!」
「自分が、理解出来ないことを、兄ちゃんのせいにしないでほしい」
「じゃあ私が分かるように、バカな私でも分かるように説明してよ!」

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