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泡のように
第34章 33.
「智恵子ちゃんコーヒー飲む?」

 レイナがそう尋ねたのは、単純に自分が飲みたかっただけのことだろう。
 思い返せば、ピンク色の謎の飲み物も、いただきモノのメロンも、レイナが飲食したかっただけのことで、私やお兄ちゃんやアキホやタカシが同席することは、彼女にとってただの副産物でしかなかったのかも知れない。

「これ美味しいんだよー。パパが誕生日に買ってくれたんだけどね」

 バリスタから漂ってくるコーヒーの臭いは鼻から入って胃に響く。
 両手で口元を押さえ、立ち上がる。
 レイナは不思議そうにカウンターキッチンの中から私の様子を伺っていた。

「え?どうしたの?」

 ここで吐くわけにはいかない。ていうかここで万が一吐いたりしたらそれこそ殺される、と思った私は先日帰り際に貸してもらったトイレに急いで駆け込んだ。
 もしかしたらこの家では用すら足してないんじゃないかと錯覚しそうなほどピカピカに光る便器を抱え、その空間には似ても似つかない色と形状をした胃液を不愉快なサウンドを鳴らしつつ吐き出した。
 パタパタとスリッパを鳴らしながら開けっ放しのドア前にまでやって来たレイナは「ひゃ!」と声を上げた。

 便器汚してすみません、と謝ろうとしたところ、レイナは意外にも、

「大丈夫?・・・こっちおいで」

 なんて言って、便器汚したわね!とか怒ったりせず、私を廊下の端のドアの前に連れて行って、中に誘導した。

 8畳ほどの部屋は琉球畳が敷き詰められており、い草の青い爽やかな香りが空間中に漂っていた。

「ここで休むといいよ。お布団持ってくるね」

 スリッパがパタパタ2往復し、素直に畳の上で横になっている私の身体の上に柔らかい毛布がかけられる。
 レイナのシミ一つないすっぴんをメガネ越しに見つめながら、私はありがとうと言ったあとで、レイナに告げた。

「レイナさん。実は私、妊娠してるんです」

 レイナは子猫のような顔のまるっこい大きな目をぱちくりさせていた。

「ほんと?」

 頷くと、レイナはにっこり笑った。

「やだー。恋人がいたなんて全然知らなかった。おめでとう。今なんヶ月?」

 13歳と16歳。
 そんな年齢で子供を生んだレイナは優しく私のぐちゃぐちゃの髪を撫でてくれた。
 ささくれひとつない柔らかい手のひらで。

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