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泡のように
第35章 34.
そして、先生の禁煙限度時間が1時間だということを知ったのも、今日が初めてだったかも知れない。
「もし先生が煙草吸いに行ってるあいだに呼ばれたらどうするの?」
素朴な疑問はニコチン依存に犯されている先生の耳には届かなかったようで、先生は上着のポケットからマルボロのソフトケースとその中に差し込んでいたライターを取り出し手に握り締めると、物言わず颯爽とロビーを抜けてピカピカに光るどでかい両開き自動ドアの外へ消えていった。
喫煙所のない高校に異動でもなったら、先生はどうするんだろう。
新たな素朴な疑問を抱きつつ溜息をついてから顎の下までずらしていたマスクを正常な位置に引き戻す。
時間を確認するために左手に握っていたスマホに指先で触れた。
午前10時06分。
着信なし。
メールなし。
オルゴールの緩やかなBGMと幸せそうな妊婦たちの声が脳に響いて、吐き気が込み上げる。
あの日。
レイナの家から真っ直ぐ私が帰宅したのは、団地じゃなくて、日当たりの良い1LDKアパートだった。
自分にとって都合の良い解釈を得意とする先生の言い分はこうだった。
「どのみち俺の親も跡取りを欲しがってるし?国公立大学卒業の遺伝子って買うと高いって聞くし?それにパッチリ二重瞼の目のでけぇ子供って可愛いじゃねぇか。何の問題もねぇよ。だからお前はなんも気にしなくたっていいよ。俺そんなに高給取りじゃねぇけど、つうかむしろやっすい給料だけどさ。お前らふたり養ってやるくらいはなんとか出来ると思うぜ。お前がいつまでも今のまま地味に暮らしてくれるならさ」
メール履歴を見る。
晴香、晴香、先生、晴香、先生。
着信履歴を見る。
以下同文。
ため息。
あれから一週間が経とうとしてるのに。
赤ちゃんが心配と言ったお兄ちゃんはどうして、帰宅しない妹にメールのひとつも寄越さないのだろう。
「もし先生が煙草吸いに行ってるあいだに呼ばれたらどうするの?」
素朴な疑問はニコチン依存に犯されている先生の耳には届かなかったようで、先生は上着のポケットからマルボロのソフトケースとその中に差し込んでいたライターを取り出し手に握り締めると、物言わず颯爽とロビーを抜けてピカピカに光るどでかい両開き自動ドアの外へ消えていった。
喫煙所のない高校に異動でもなったら、先生はどうするんだろう。
新たな素朴な疑問を抱きつつ溜息をついてから顎の下までずらしていたマスクを正常な位置に引き戻す。
時間を確認するために左手に握っていたスマホに指先で触れた。
午前10時06分。
着信なし。
メールなし。
オルゴールの緩やかなBGMと幸せそうな妊婦たちの声が脳に響いて、吐き気が込み上げる。
あの日。
レイナの家から真っ直ぐ私が帰宅したのは、団地じゃなくて、日当たりの良い1LDKアパートだった。
自分にとって都合の良い解釈を得意とする先生の言い分はこうだった。
「どのみち俺の親も跡取りを欲しがってるし?国公立大学卒業の遺伝子って買うと高いって聞くし?それにパッチリ二重瞼の目のでけぇ子供って可愛いじゃねぇか。何の問題もねぇよ。だからお前はなんも気にしなくたっていいよ。俺そんなに高給取りじゃねぇけど、つうかむしろやっすい給料だけどさ。お前らふたり養ってやるくらいはなんとか出来ると思うぜ。お前がいつまでも今のまま地味に暮らしてくれるならさ」
メール履歴を見る。
晴香、晴香、先生、晴香、先生。
着信履歴を見る。
以下同文。
ため息。
あれから一週間が経とうとしてるのに。
赤ちゃんが心配と言ったお兄ちゃんはどうして、帰宅しない妹にメールのひとつも寄越さないのだろう。