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泡のように
第37章 36.
「というより、健児さんはそういうふうに、生徒のために生きる自分ってのが好きだったのよね、きっと。でなければ音楽の道を諦めて父親と同じ教師になるしかなかった自分ってのを受け入れることが出来なかったんだと思うわ。そうそう、健児さんってむかしはフォークソングが好きでね、若い頃は髪を伸ばして。そうそう、篤志みたいにね、ボサボサの髪で。今考えたら教師になって正解だったと思うわ、だって健児さんの歌、小梅太夫が絶叫してるような感じだったからね」

 

 そこまで語ると、お母さんはカップの中に残っていたコーヒーを一気飲みした上で席に着いたまま大きな声でショーケースの中にいる若い店員に向かい、コーヒーおかわり!と叫んだ。そして、オランウータンは笑う。



「なんて。こんなことあんたに言ったってしょうがないのにね。ま、篤志がウチに養子に来たのも運命だし。あんたがウチに生まれたのも、健児さんが死んだのも、全部運命なのよ。だからお母さんがデブのまま脳梗塞で死んでも、それも運命なのよ」


 イヤ、それは不摂生が原因だろ言い訳すんなしデブ。
 と思ったところで愛想のない店員がポット片手に訪れ、無言でカップに黒い液体を追加した。
 白い湯気したコーヒーの香りが鼻から肺に広がっていく。


「でも、お兄ちゃんを養子にしたのは、お母さんなんでしょ?」

 かったるそうに去っていく店員の後ろ姿にカフェオレもおかわりください、とは言えなかった。
 お母さんが先に返事をしたからだ。

「なに?そんなこと誰に聞いたの?」

 怪訝に歪むオランウータンの顔。
 
「レイナ」

 オランウータンは新しい煙草に火をつけた。5本目。
 そしてコーヒーにスティック状の砂糖を入れる。3本目。
 じきにお母さんは運命に逆らわずに本当に召されるかも知れない。

「・・・あんたまであの女と親子って仲になったってわけ?」
「そんなんじゃないよ」
「まったく嫌になるわ。あんた、やっぱり篤志の妹よ。篤志と同じこと聞くのね」

 喉が焼けるように甘いと予測されるブラックコーヒーを胃の中に収めてから、お母さんは続けた。

「お母さんを悪く思いたいなら思えばいいわ。でもね、悪く思う前によく考えてみなさいよ。あの女のもとで篤志が育って幸せになれたと思う?」
「いや、どうなんだろうね。わかんない」

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