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泡のように
第12章 11.
「お母さんの状態によっては、しばらく帰れないと思う。今晩は付き添うつもりだから、とりあえず帰って寝て。ごめんね」

 大学病院に到着した時。
 夜間出入口の前で、運転席の窓から心配そうにわたしを見つめる先生にはそう告げた。
 先生は、お袋さんお大事にな、とだけ言って車を発進させた。
 黒いレクサス。先生のお父さんが、先生が離婚した時に買ってくれた車らしい。サラ教師が乗る車としてはイキってるよなぁと思いながら走り去る後ろ姿を眺めた。

 今、運転席にいるのは、さっきまで私を心配そうに見つめていた教師ではない。分相応なシルバーの軽自動車を慣れない手つきで運転する、険しい顔付きのお兄ちゃんだ。

「お母さん、本当に大丈夫なのかな」

 ラジオからは安っぽい流行曲が流れている。恋だの愛だの薄っぺらい歌詞を軽快なリズムに乗せて歌う、これまた薄っぺらい声。ねぇラジオ以外ないの?って聞いたら音楽はNFLの試合で流れてそうなアメリカあたりの黒人さんとかが歌ってそうな重低音のモノに変わった。やっぱラジオでいいやって言ったら優しいお兄ちゃんもさすがに「えぇ?」と不機嫌な声を上げた。

 国道は深夜なのに車やトラックがブンブン走っている。
 お母さんの容態について、お兄ちゃんからの返答はない。
 18歳で運転免許証を取得してから約10年、ペーパードライバーらしさを余すことなく発揮した、助手席の人間をハラハラさせてしまう危なっかしい運転だ。

「ねぇ、聞いてる?」
「あ、あんまり、話し掛けないで、事故るかも」

 自己分析能力に長けたお兄ちゃんの言葉は正しいと言えるだろう。素直に従い、見慣れた団地に到着した時はほっと胸を撫で下ろした。

 エア・コンディションの効いた車から降りると湿っぽくて生暖かい空気が全身にまとわりついて不快だった。
 お兄ちゃんは5回くらいロックを確認して、ようやく車に背を向けた。

「なんで車なんか買ったの?」
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