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泡のように
第12章 11.
 “3階”の標識を照らす蛍光灯の下には小さい蛾が数匹舞っている。お兄ちゃんの腕は汗で湿っていた。同じように階段を上っただけで汗ばんでしまった私の腕を絡ませ、身長差という現実問題のため必然的に上目遣いでお兄ちゃんを見つめる。お兄ちゃんはジリジリ後退りしながら相変わらず目を泳がせていた。

「必要だから買っただけだよ、山岸さんも車は持ってないから。か、母さんの買い出しにあったら便利だし、それにこの春異動したから原付じゃ遠すぎるし駅からも遠すぎるしで、とにかく、そ、そういうことだから。じゃあまた、またな」

 やっぱりお兄ちゃんは逃げようとする。
 逃げるくらいならどうして、あの時、彼氏がいると知っているにも関わらず、熟睡している私を抱いたんだろう。
 お兄ちゃんは私の腕を優しくほどくと、焦った様子で鍵を差し込み、ドアノブを回した。真っ暗な室内にお兄ちゃんの背中が消えていく。

「お兄ちゃん、すき」

 ガチャン、重たい音を立てて閉まったドアに向かって呟いた。
 自分は、何を言ってるんだろう。虚しくなる。
 カバンから鍵を取り出す気力もなく、ドアの前に腰を下ろした。膝に頭をつけると汗で湿った肌同士が密着して、やはり不快だった。カバンの中でスマホのバイブレーションが鳴っている。先生だろう。出る気力がない。


 最近の先生は私の服を脱がすと、根掘り葉掘り、お兄ちゃんとのことを聞く。
 いつから、どんなことをされて、どうだったのか。って。
 答えたら、同じことを、私にする。

 お母さんの病院で、お兄ちゃんに会うかも知れない。病院に向かう道中、そう言った私に先生は、お前と兄貴がヤッてるとこ覗いてみてぇなぁーって笑った。

 フツウ、将来ケッコンしようって思ってる女がさ、10歳の時から血の繋がりがないとはいえ兄貴にヤラれてたって聞いたら、最低な兄貴だなとか、もう二度と兄貴には会わせたくないとかってならない?本当に愛してるなら。

 智恵子のやらしいカラダは兄貴に仕込まれたんだな。俺に抱かれてもっとやらしくなったカラダ、たまには兄貴にも見せてやれよ。だって。
 お袋さんお大事にな、ってセリフの前がコレって信じられない。

 南京錠が壊れて、溢れだした思いと欲望が先生とお兄ちゃんの間を行き来している。人としてどうなの?って良心すらかき消して、心が麻痺してる。
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