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藍城家の日常
第5章 謎の黒兎の瞳も赤
もうさっさと“仕事ではない何かの用”で出かけて行ってしまえば良い。
誉は自分でもよく分からずに拗ねて、ふさぎ込むように布団を頭から被る。
……
だけど近くに感じる彼の気配は一向に消えない。
一分、
五分……
まだ居る。
おかしい。
彼は何故席を立たないのだろう?
微塵も動く気配はなく、ずっとそばに座っているであろう彼に、流石に誉も振り返った。
『……夜光様?どうかいたしましたか?』
体は動かさず、首だけひねった形で夜光の方を見る誉に、夜光は何だかバツの悪そうな、不機嫌そうな、神妙な、上手く読み取ることができない表情で口を開く。
「……手」
『て?』
「……手、出せ」
いきなり手をこちらに出せと仰る。
手相を見るとでも言うのだろうか?
誉はもたもたと布団から右手を出して夜光に差し出すが、彼は頭を一振りする。
「違ぇ、左手だ」
『はぁ』
そうしてまた、もたもたと左手を差し出す。
左手を取った夜光の手は自分よりもずっと大きくて、固くて、力強い。
それに整った綺麗な爪をしている。
誉は取られて何やらいじられている左手もそっちのけで、その美しい彼の手を眺めていた。
この手に触れられることを望む女性はきっと数知れずいるのだろう……
夜光様はきっと、誰もを魅了する生きた芸術品なのだ。
彼の存在が、自分にはとてもとても恐れ多いということを、誉は久しぶりに考えた。
あぁいけない、もう、頭が麻痺してしまっている。
夜光様に触れてもらうことを、当たり前だと思っている自分が居る。
自分はなんて身の程知らずなんだろうと、どうしても思ってしまう。
誉は急に自分が恥ずかしくなって、無意識に左手を引っ込めようと力を入れた。
「……おい。勝手に動くな。まだ終わってない」
『終わってないとは……夜光様、しきりに左手に触って……一体何をしているのですか?』
「お前は知らなくていい」
『な……』
そんな言い方しなくても……
ぶっきらぼうに言い捨てられて、誉はムッとしたまま夜光が満足するのを待つことにしたのだった。