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藍城家の日常
第5章 謎の黒兎の瞳も赤
やがて何かを確かめるように触れている、夜光の指が大人しくなるまで、誉はぼんやりと前を見つめていたが、
ふにっ……
『わぁっ!』
急に手の甲に異常に柔らかい感触を感じて、意識をハッと我に返した。
夜光の唇が誉の手の甲に触れている。
つまり彼は、手の甲に口付けをしている。
驚いた表情でパッと夜光を見上げる誉に、彼はそんなこと何ともない涼しげな顔で彼女を見据えた。
『ゃ、夜光様……突然何なのですか……っ』
誉は徐々に、風邪の熱とは関係ない熱が、顔の表面を覆っていくのを感じた。
一体彼は何をしたいのだろう?
謎の多い夜光の言動に、今日は特に気分が沈んだり、心臓が飛び跳ねたり。
今日ばかりでなく最近はいつもそうだ。
彼に関係することで嬉しくなったり楽しくなったりすると、持ち上げられた分落とされるのが怖くなる。
彼に関係することで悲しくなったり怒ったりすると、そのことを何度も何度も反芻してしまう自分が居る。
最近の自分は確かにおかしい。もしかして、これも風邪の影響なのかもしれない。
そう誉は答えを出して、弱弱しく左手を引いた。
『あのっ、もう、寝ますから……!』
彼の顔が見れないまま、誉は振り絞るように言って、布団の中に潜り込む。
「……」
しばらくすると、今度こそ夜光の気配は離れ、タンと襖が閉まる音がした。
『……』
誉はそれに安堵した裏腹、少し寂しく思っている自分がいることにも気づく。
自分の気持ちがよく分からない。
いろんな感情が一気にごった返ししてきて、清算しきれない……
誉は心の中でウンウン唸って、またむくっと起き上る。
そうして、窓側に寄って行って、こちらが見ていると気づかれないように戸を少しだけ閉めて、玄関から出てくるであろう夜光を待った。
(あれ……?)
外の玉砂利を踏む音がする、客人か誰かが来たようだ。
この屋敷を訪れるには珍しい、女性らしき影が映る。
(誰?)
誉が戸の隙間から目を凝らしたと同時に玄関から夜光が現れると、彼はじっとその先を見つめて、小さく頷いたように見えた。