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藍城家の日常
第5章 謎の黒兎の瞳も赤
“彼女”は小走りで夜光に近づいて、腕を広げた。
ふたりはまるで磁石と磁石がくっ付くように、お互いが吸い込まれるように、抱きしめ合う……
その様が誉の瞳に焼き付いていく。
ここからでは夜光の表情は見えない。今も無表情でいらっしゃるのだろうか?
それとも……
“彼女”は夜光の頬に手を添える。
まるで何年も会っていなかったみたいだ。切なそうに、また嬉しそうに微笑んでいる。
誉の胸はぎゅいっと抓られているみたいに痛い。
あ
顔と顔が、合わさる……
少し背伸びをする“彼女”に調子を合わせて屈んだ夜光の髪が垂れて、何も見えなくなってしまったけど、
ふたりはきっと、口付けを……している……
『……っ』
目の前の映像がジリジリと脳裏にまで焼き付いていく。
誉の声になりそうもない何かが喉までせり上がってきた時、炎鬼がバタン!と大きな音を立てて戸を閉めてしまった。
その手前、“彼女”の赤い瞳がこちらへ向いていた気がした。
もう少し見ていたかった気持ちと、安堵が入り混じったまま、誉は炎鬼を見つめる。
『兄さん?』
「お前はもう見るな!何だあれは?誰だあの女は?さっき何をしていた?あ、いや、お前は何も考えなくていい。待っていろ、俺が行って確かめて来る」
どうして、炎鬼兄さんがそんなに動揺するのだろう?
どうして炎鬼兄さんが、そんなに苦しそうな、悲しそうな顔をするのだろう?
誉は少し可笑しく思いながら、彼を落ち着かせるようなゆっくりした口調で
『炎鬼兄さん、良いんです。夜光様はこれからお出掛けにならますから、邪魔をしてはいけません』
そう言って、口元を上げて頭を振る。
無理に笑っているそんな誉の様子に、炎鬼は胸が締め付けられる思いがした。
「それで良いのか?お前は……」
『……炎鬼兄さん、お粥、せっかく作ってくれたのに冷めてしまいますから、頂きますね』
誉は一口それを食べてから、美味しいと呟く。
蜂蜜と檸檬の甘酸っぱい粥は、記憶に残っている味よりも酸っぱく感じた。