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藍城家の日常
第5章 謎の黒兎の瞳も赤
誉は布団の上に座ったまま、くるりと炎鬼に背中を向けて、しゅるっと帯と腰ひもをとく。
汗を含んだ着物がパサリと落ちた音がした。
炎鬼は少し離れた所で替えの衣を用意したり、氷枕の中身を変えたりしている。
たった前まで一緒に風呂に入っていた仲だ。
炎鬼も誉も、お互いの肌を見ることも、見せることも、何の違和感もない。
兄妹なのだから、何ともない……
……はず。
『ねぇ、炎鬼兄さん』
不意に名前を呼ばれて、どうした?と誉の方を見た炎鬼は、一瞬固まる。
その次の瞬間には返事を返したが、炎鬼は自分の事を、この世のあらゆる言葉で罵りたい気分に襲われた。
『背中を拭いてくれませんか?』
「あぁ、分かった」
軽く頷いて、手渡された手ぬぐいをもう一度絞る。
誉の背中を見た刹那ーーー
熱と暑さで火照ったその肌の白さに、俺は、
ゴク、
喉を鳴らしていたのだ。
彼女は他人の妻だということに、炎鬼はその時思い出した。
一瞬の動揺を誉に気付かれなくて良かったと、炎鬼は心底安堵する。
俺も所詮は男ということか。これは己が妹を、本当に妹として見ていないということか。
それは、自分の事を唯一の兄だと、家族だと思っている誉を裏切っていることになってしまう。
最低だ。本当に、最低だ。
炎鬼は手ぬぐいを掴む手を握りしめて、自分の両頬を殴りたい衝動に駆られたが、ぐっと抑えて(後で殴ろうと気を紛らわして)誉の背中を拭いてやった。
先程はどうかしていたのだ、と今は自分に言い聞かせて。
鼻腔をくすぐる誉の甘い匂いに反応して中心から熱くなる体にも、絹のようにきめ細かくて柔らかな背中を拭く手が少しだけ震えていることにも、気付かない振りをした。
その時炎鬼には、誉のする他愛のない話に相槌を打つことも難しく感じた。