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藍城家の日常
第5章 謎の黒兎の瞳も赤
「……誉自身があの男を好いていると気付いても、嫌な思いをするだけかもしれない」
炎鬼はなおも、渋い顔のまま皿を洗う手を動かしている。
第一、誉に聞く勇気はあるのだろうか?
「そうなるかは、まだ分からないじゃないか。たとえそうなったとしても、どうするかは結局誉が決めることさ。あんた、過保護だねぇ」
「うるさい。当たり前だ、兄妹……なんだから」
言い放たれたその言葉に架音はピクリと反応し、先程までの緩い顔付きを一変させた。
口元は笑っているのに、目は笑っていない。
鋭い鷹のような目が、こちらを探っているように見つめてくる。
「本当に、そうかい?」
「……そうだ、兄妹、だ」
ゆっくりと、はっきりと、そう尋ねられたので、炎鬼もゆっくりと、はっきりと、答える。
炎鬼は架音の変化に少し戸惑ったが、その威圧に刃向かうように己も殺気だった。
こうなってしまうのは、鬼の性。
向かってくるものには、立ち向かいたくなる。
「あたしはね、主から言われてるんだよ。誉に虫が付かぬように見張っておけって。特にあんたをね。たとえ兄弟でも、もし変な気を起こしたら、あたしがあんたのその首、噛み千切らなきゃいけないのさ」
あたしは、狼だからね。
ギラリと不気味に光る二つの銀の瞳。
架音の口からちらりと見える歯は、肉食獣のように鋭く尖っている。
「お前……狼の化身か」
「そうさ、あたしは主に拾われた銀狼。とにかく、忠告はしたからね」
「……あぁ。するわけない、そんなこと」
炎鬼は自分の言葉を、自分の胸に刻み付けるように言った。
誉はあの男の妻だ。
やはり先程は気の迷いというもの。
俺は誉を女として愛しているわけが、ない……
たとえ……もしもそうだとしたら……
そうしたら、それは心の押し入れの隅にでも、放って置けば良い。
後は仕事が雑念を忘れさせてくれるだろう。
そうだ。それでいい。
俺は妹を守れるのなら、それで良い……
「あぁ、そろそろ主がお帰りだ」
架音は窓の外でさわさわと揺れる木々を眺めて、呟いた。
時刻はもう夕方だった。