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藍城家の日常
第5章 謎の黒兎の瞳も赤

ジャリ……ジャッ……

足音はふたつーー

誉は自分の心臓が、体の底へずずっと引っ込むような感覚を覚えた。


(帰ってきたのだ!夜光様と……あの、うつくしいひとが……)


すごく、すごく気になるのに怖い。怖くてたまらない。真実を見て、傷付くのが怖いのだ。

でも、

でも……知らなくては。私は夜光様のことをあまり知らないのだから。

……彼を知ろうと努力しているのだから。
私は彼の何なのか、知りたいから。


「……」


誉は立ち上がって、ゆるゆるの衣のまま部屋を出た。ふらふらと長い迷路のような廊下を歩く。
廊下はジャムのような甘い匂いが漂っていた。

玄関のそばまで行くと、角からちょびりちょびりと顔を出し様子を窺う。


「おかえり主」


架音がふたりをちょうど出迎えているところだった。夜光様もうつくしいひとも、一見今朝と何も変わらない様子でいる。

ただ、ふたりが並んでいる姿は改めて近くで見るとこの上なく美しい。
お雛様とお内裏様のように、美しさの均等が取れていた。


「……おい。そこの座敷わらしみてぇなやつ、何してる」

『!』


誉はびくりと肩を震わす。
出掛け用の羽織りを架音に渡しながら、こちらに目もくれずに彼はそう言ったのだ。


「あ、誉。起きたんだね」


架音は誉に気付いて、パッと笑った。誉はきゅ、と唇を噛み締めながら頷く。


「あーあー、服がぐちゃぐちゃになっちゃってるじゃないか。汗もかいただろうし着替えてきなよ」

「そうだな、また風邪を引くと困る」

『炎鬼兄さん』


玄関の様子を見に来た炎鬼は、ポンと手を誉の肩に置いて、にこにこ笑っている。


「暑くて寝苦しかったろうが、嫌な汗もたくさん出て前よりはすっきりしたろう?また冷たい手拭いで 俺 が 体を拭いてやるから、おいで」

『あ……』


確かにそうしてから来るべきだったかもしれない。
よれよれ、ぐしゃぐしゃの衣。
ぼさぼさの髪。
寝ぼけ眼。

よく考えずに玄関まで来て、あろうことか仮にもお客様の前で失態を見せてしまった。
後悔した誉は申し訳なさそうにそのうつくしいひとを見た。

パチリと女と目が合う。
その赤い瞳をずっと見ていると、吸い込まれそう……
夜光様みたいだ、と誉は思った。


『そう、ですね』


誉はパッと視線を反らして、炎鬼の方へ向き直る。



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