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藍城家の日常
第5章 謎の黒兎の瞳も赤
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「……」
黙ったままの夜光に腕を引かれて、誉は早足で廊下を歩く。
先程まで寝ていた部屋に連れてかれると、そこには新しい着替えと冷たい水の入った桶、手拭いが用意されていた。
タンと襖を閉めた夜光は、むっすり、目の前の誉を睨むようにして見下ろす。
『あの……おかえり……なさい……』
誉はおずおずと夜光を見上げたが、目が合うとすぐに俯いてしまう。
「……あぁ、ただいま」
低い声。
不意に顔が近付いてきて、誉の首筋を探る。
すーっと匂いを嗅いで、舌打ちをした夜光に誉は酷く狼狽えた。
己の汗の匂いに舌打ちをされた……
よほど臭ったに違いない……
誉は凹んだ。
「脱げ……言った通り、汗を拭いてやる」
『……良いです、そのくらい自分で……できますから。夜光様は、あのひとの所へ戻ってください』
「あ?」
一瞥。
衣を脱がそうとする彼の手を誉は抵抗した。
しかしそのひ弱な力もかなわず。
夜光によってジリジリと追いやられ、背中が固い壁に当たったと思ったら、あっという間に服を剥がされ、両手を掴まれて真上にもってかれてしまった。
『いやっ……夜光様、お止めください……!』
「黙れ……大人しくしていればすぐ済む。お前は何をそんなに拗ねている?」
『やっ……』
ピタリ、手拭いが首筋にあてがわれる。
『ぅあっ!』
誉は突然の冷たさに、身を縮めた。
彼の片手によって痛くない程度に拘束された両手を振りほどこうともがくもびくともしない。
手拭いは首筋から丹念に身体中を撫でた。
汗を取り除かれて冷めた肌は、一瞬のうちにまた熱をもってくすぶる。
『うぅっ……、ん……くっ』
無力な自分に、誉は何だか泣きそうになった。
いや、泣きそうになったのはそれが理由じゃない。
今朝は全然心配する素振りも見せなかったくせに。
曖昧に誤魔化して、出掛けてしまったくせに。
あのうつくしいひとと……口付けをしたくせに。
どうして風邪っぴきの私を、最後まで放っておかないのだろう。
そんな、自分の身勝手な訴えが溢れだしてきてしまったからだ。