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藍城家の日常
第5章 謎の黒兎の瞳も赤
「あぁ、よろしく」
「……」
大人しい、無口な女だ、と炎鬼は思った。
パッとした印象を受けない。ただ儚くて、手荒く扱ったらすぐに壊れてしまうような気がする。
彼女は何だか、少し不安定だーーー
なんてことを感じていると同時に、ふわりと空気が揺れた。
己の頬の当たりにふに、とした柔らかいものが当たっていることに気付く。
ん?
頬と頬が、合わさっている?
「!?」
チュッと音がする。
それは一瞬のこと。
何が何だか分からずに固まっている炎鬼が、ふと女の匂いを近くに感じたと思ったら、彼女の顔はすぐに離れた。
炎鬼はポカンとする。
この道仕事一筋で、今まで色恋に興味はなかったため、女に耐性のない炎鬼の心臓はばっくんばっくんと激しく動いていた。
この女、何がしたいんだ。
「あーっと……あの、ねぇ、炎鬼」
まるで信じられないものを見る炎鬼に、架音はすかさず口を開いた。
「夜光様と夜那様、お二方は下界の生まれ育ちで……特に西洋の国……だっけ?」
「ん……伊太利亜」
「そうそう!いたりあ。西洋の文化にあるんだよ。そういうの。ね?夜那様」
夜那はコクンと頷く。
「……はじめまして、と挨拶で、ほっぺにちゅー……するの。フリだけ……ちゃんとするところもあるけど」
「そ……そうなのか」
(驚いた。下界の西洋では、フリとは言えど挨拶として頬に口付けをするものなのか……)
たまに下界に行く同僚が言っていた、いわゆる“かるちゃあしょっく”というものなのかと炎鬼は頭の中でぼんやり考えていた。
「家族はもちろん友人、恋人、色んな相手に挨拶の時はそうするなんて、面白い文化だねぇ。神楽は下界の東洋……特に日本って国に近い文化だから、尚更……」
(ん?)
「……そうかな」
「まぁね。それでーーどうだったんだい?」
架音はふんわり湯気が立った緑茶と茶菓子を夜那の前に置く。
夜那は小さく礼をして、茶菓子に手をつけ始めた。
「ん……すごく良いの、あった……気に入ると思う」
兄妹そろって表情が浅いーー夜那は何となく微笑んでいる。
「そうかい、そりゃあ良かったよ」
架音もにかっと笑い返す。
一体何の話だ?とひとり首を傾げる炎鬼に、後で誉に聞いて見れば良いと、夜那はまた何となく微笑んだ。