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藍城家の日常
第5章 謎の黒兎の瞳も赤
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『へ……』
なんとも、情けない声が誉の口から自然と洩れた。
本当に予想もしなかったことに、あっけらかんとしてしまったのだ。
ぱ、っと拘束していた腕を解放されると、夜光は誉の肩に替えの服を被せた。
それから、壁に背につけて立っている彼女の前に静かに跪いたのだ!
どうしても夜光を見下ろす形になってしまうこの状況に誉は戸惑った。
なんだか彼らしくないような気がしたからだ。
自分が彼を見上げる形が、彼の背中を追いかける形が、自分にはふさわしいと思っていた。
「……手、出せ」
出かける前に言ったことと同じだ。
夜光の声に導かれるまま、今度はちゃんと間違えずに、自然と左手をーー差し出す。
ーー左手?何故?
そう思った刹那、冷たい手がそれをとらえる。
『!』
誉はあっと声をあげてしまいそうになった。
(それは……)
誉の瞳の中がキラキラと輝きだす、まるで、晴れた日にゆらゆら揺れて煌めく水中のように。
瞬きなんてしなかった。
ただ、その光景を一生懸命、目に焼き付けていたーーー
私の左手の薬指に納まっていく、指輪……
(……あぁ、こんなことって……)
あるのだろうか。
これは夢なのではないかと、誉の頭の隅にちらとよぎる。
もしかしたら、これは夢で、目を覚ましたらなかったことになっているのではないだろうか。
布団の上で私ひとり、汗で湿った衣を纏って、ただ呆然として……
また、どうしようもない不安を抱えながら、彼の帰りを待つのだろうか?
そうだとしたら、もうこの夢からは覚めたくない。
ずっと浸っていたい。
(夢だろうか……)
誉は右手の拳をぐっと握り、掌に爪を立てた。痛い、気がする。
気がする、では釈然としないので、さらに爪を食い込ませてみると、血で掌が湿ってきた。
痛い!
これは夢ではない!
誉はようやく納得するのであった。
そうして、また一粒涙がこぼれた。