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藍城家の日常
第5章 謎の黒兎の瞳も赤
「今日はこれを買いに出掛けただけだ」
指輪を、買いに。
私が心配していたことは、たかが妄想に過ぎなかったのだ。
でも……あとひとつだけ、私を決定的に不信にさせた不安の素が残っている。
それは……
『……夜光様……玄関で、夜那様と、口付け……していませんでしたか?』
「……口付け?」
『私……見ました。夜光様と夜那様、お二方が口付けしているのを』
お互い抱き締めあって、口付けをーーー
思い出すとまた、さっきよりはいくらか小さいが、ざわりとした痛みが胸に走る。
その美しい口元を見ながら、彼女の唇に触れたのかと思うと、どこに向けていいのか分からない怒りが沸沸と沸き上がる。
あぁ、また、嫌な気持ち。
醜いーーー
誉はまた自己嫌悪する。
「口付けって……あぁ、あれか」
夜光はふと思い出して、一度瞬きをした。
『あれです』
「……あれは挨拶だ。俺と夜那が生まれ育った土地では挨拶に頬にキス……口付けをする。そういう文化がある。大抵フリだけだが、家族や兄弟、恋人通しなら本当にしたりする」
『な……!』
「……信じられねぇって顔してやがるな。……まぁ、後々分かる。……さぁ、これで誤解は全部解けたはずだが?またお前は変に疑ったのか……次は無ぇ、と言っただろうが……」
ちろ……
夜光は誉の手のひらに滲んだ血を舌先で舐めとった。ピリッとした痛みはいつもの通りに、じんわりと快感にすりかわっていく。
『ごめん、なさい……私、夜那様に嫉妬していました。自分にこんなにも醜い気持ちがあるなんて、初めて知りました……情けないです。それに私、夜光様のこと、何も知らない……本当に、情けない……』
妹の夜那様が居ることも。
彼の生まれ育った場所も。
屋敷での日常で彼のことを多少は知ったつもりでいたけれど、まだまだ知らないことは沢山で。
「……なら、俺は始終醜くて……情けねぇ男だな」
ずっとーーお前を誰かに取られまいかと気にしている。
あまり自分の話をしないお前にーーイライラしている。
己以上に醜い者は居るだろうか?
夜光は自嘲した。