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藍城家の日常
第6章 我妻のこと
ーーー……
思い返してみれば運命的だとか、そういう色恋の欠片もない出会いだった気がする。
……
穏やかな秋の夜の寝室
所在なさげにぱらぱらと書物の頁をめくる夜光は、部屋の外で鳴く虫の声を聞きながらふと物思いに耽っていた。
何気なく寝室の隣に設けられた、四畳半の部屋を見やる。
使う用途がひとつに決まっているその部屋の襖は、ぴったりと閉ざされていた。
……
誉は今、架音と風呂に入っている。
夜光は襖から視線を外して、読む気にならない書物を机の隅に積んだ。
しゃら……
机の上に置かれていたものが、自分の衣の袖に当たってささやかな音を立てながら床に落ちる。
銀のチェーンに括られた指輪……
藍色の石が行灯の光にぼうぼうと照らされているその指輪を、夜光はそっと拾い上げた。
誉は俺が贈ったその指輪を、いつも胸元に垂らしている。
家事の際に紛失してしまうと怖いからだそうだ。大切にしていることは分かるが、できれば
指に付けてほしいとも思う。
その方が人目につく。悪い虫も少しは付かなくなる。
……
……すでに一匹いるが……
あの男……炎鬼のくそ真面目な顔がぼんやり頭に浮かんでくると、気分が悪くなってくる。
……むかむかとする不満と少しの焦りで。
彼女と出会ったあの時が少しでも遅かったら、あの男の妻になっていたのかもしれないと思うと、本当に嫌な気分になる。
誉が自分の近くに居ないと心の内が落ち着かない。
……飢える……
……早く、風呂から上がってここに来い……
女ひとりにこんなに心を揺らがしている自分に、夜光は自嘲し目を閉じる。
たかが女……されど、女……
そうして、暗闇の中で誉の足音を待った。
ーーーーー
『……夜光様?』
耳元でしゃらしゃらと囁くような声がしてゆっくり目を開けると、こちらを心配そうに見つめる大きな瞳が二つ。
……遅ぇ
待たされるのは、苦手だ。