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藍城家の日常
第6章 我妻のこと
『……お疲れ、ですか?今日はもう、お休みになられますか?』
「しねぇ……。なぁ、誉、お前はいつも……長風呂だな。のぼせるなよ……」
『き、気を付けます……』
夜光はまだ半渇きの誉の髪を弄る。細い栗色の髪は柔らかく指に絡みついてくる……
誉はくすぐったそうに目を細めて、
『ん……っ』
忽ち……
物欲しそうな、女の顔を見せた。
その顔……絶対に炎鬼の前ではしてくれるなよと夜光は強く念じながら、誉の首に指輪を通したチェーンをかけてやる。
それから……
「……誉」
夜光はごそ、と懐を探って拳を差し出した。
きょとんとする誉の目の前にあるのは、掌に転がる小さな四角形。
それは鈍い銀色の紙に包まれている。
『あの、これは何ですか?』
「……キャラメル」
『え、キャラメル?』
これが噂の、とか何とか呟いて、誉の表情はパッと華やぐ。
瞳はキラキラと子供のように輝いて、期待の眼差しを手のひらのキャラメルと俺を交互に向けた。
下界……特に西洋の国から来ている菓子は、このあやかしの世界では比較的貴重なのである。
「……前に食べてみたいと言ってただろ。お前にくれてやる」
『本当ですか?』
誉は正座していた体を少し乗り出して、嬉しそうに顔を緩ませた。
たったのキャラメル一粒でこの笑顔……
次はチョコレートでも持ってきてやろうかと、その笑みを眺めながらぼんやり考える。
「……あぁ、くれてやる。ただし……」
『ただし……?』
ーーー条件がある。
キャラメル一粒を握る夜光を、誉はじっと見つめた。
彼女の瞳はいつもいつも、常にうるりと濡れている。その瑞々しい目は、どんな時でもひたむきで、健気で、まっすぐな視線を送ってくる。
少しの沈黙が寝室を包んだ。
「……誉、俺に何か言いたいことはあるか?」
『言いたいこと……ですか?』
「そうだ……日頃思っていることだ」
日頃思っていること。お互いが、想っていること……
『椎茸、食べてください』
「……」