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藍城家の日常
第2章 出逢いのち初夜
『ぶ……っ!』


衝撃でよろけるが、足をふんばり、手のものはしっかりと握りしめて死守する。


「すまない誉、大丈夫か?そんなに急いでどこに行くんだ」

『炎鬼兄さん!』


声の主に誉はパアッと顔に華を咲かせる。

褐色の肌に燃えるように赤い髪。
帝と同じ、鬼の直属である証の金の瞳。

明るく健康的な空気を纏う彼は、炎鬼と言う。
帝の右腕とも言える重臣であり、誉にとって兄そのものの存在だ。

炎鬼は鬼であって、誉とは血は繋がっていない。

誉は鬼ではなく、鴆という鳥のあやかしだ。

他のあやかしと比べて体の弱い鴆だが、羽には毒があり、その羽に浸った水は少しの量でも象をも殺せる凶器となる。

そのためにその羽の値段は高く売れに売れ、鴆自体の密売や虐殺が絶えなかった。

誉もその被害者のひとりで、奴隷として売られるところを炎鬼に助かられ、そして今日まで彼に育てられたのだった。

誉は強くて頼りになる兄を本当に尊敬している。


『お客様に、お水を持ってきて欲しいと言われたんです、だから』


誉は両手に持ったものを炎鬼に見せた。


「あぁ、そういうことか。けどあんまり急ぐと転ぶぞ?お前は体が弱いんだから、気を付けろ」

『はい……』


頭をポンポンされ、くすぐったさに心が温かくなる。


(確かに急ぐのはやめよう。これからツルツルの床を歩くのだし……)

「誉」

『はい、何ですか?』

「お前……」


見上げた炎鬼の表情は真剣だ。
誉の視線に気づくと、狼狽えながら目を泳がす。
何か様子が変だ。


「何処かに嫁ぐつもりはあるか?」

『へ?』


いきなりの問いに誉は目を瞬かせた。


『何故そんな質問を……』

「いや、あの……んんっ、どうなんだ?」


咳払いをして、顔をずいっと近付ける。
真剣な雰囲気と勢いに負けて、誉は少し考えて答えた。


『分かりません。してもしなくても良いと思っています』

「してもしなくても?何だそれは!投げやりな答えだな……じゃあ、その、お、想いびとは?」

『そんなの勿論、居るわけないじゃないですか!』


誉は真剣に聞いてくる炎鬼がおかしくて、くすくすと小さく笑った。



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