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藍城家の日常
第3章 桃のシロップ漬け
(美味しそう)


じゅわじゅわと涎が溢れる。

夜光は剥いた桃をくし切りにした、小さな欠片を指で摘まんで自分の口に含んだ。


『……』


その仕草が酷く艶かしくて、誉はいつの間にか、釘付けになっていた。

穴が開く位に見つめてくる彼女に気付いて、夜光は誉の口にも桃の欠片を放る。


『むぐっ!』


咄嗟に噛むと「こんなにも?」と思うほど果汁が溢れ、桃独特の甘さが舌を包んだ。

桃蜜が、喉を伝って潤っていく。


ごく、ん……

『はぁ……美味しい……』


誉は美味しさに思わずため息を吐いて、ふわりと笑った。


「庭の桃だ。取れたてだから瑞々しいに決まってる」


夜光はふん、と鼻を鳴らす。


『はい。とっても』


そんな彼の様子に誉はゆるゆると頬が上がっていった。


「おい……」


夜光は二つ目の欠片を誉の口元に押し付ける。
まるで、餌をあげる親鳥のようだ。


『!』


誉は小さく、ぽってりとした唇を開けて桃を食べる。
さながら、餌をもらう雛鳥のよう。


もっもっと食べる誉を見つめて、夜光もまた桃を口に含む。

ぐじゅ……

噛み締める度に溢れる果汁が、喉を潤し、お互いの唇を濡らして、瑞々しく見せる……


「……甘そうだな」


そう呟く夜光を、誉はしぱしぱと瞬きをしながら、見上げた。


『え?あ、桃……そうですね!こんなに甘い桃、私初めて食……』


誉は動きを止めた。


「違ぇ……桃じゃなくて」


夜光の指が、誉の唇をなぞっている。
唇の端から端まで、ぐるりと一周。
指の腹で、その輪郭と柔らかさを確かめるように、桃の蜜を滑らせて……

ぞくぞくする。


『……っ』


誉はそれを隠すように、目を伏せた。


『桃じゃないのなら……何なのですか』

「ふ、分からねぇか……」


影が射して、ふわりと誉の頬に夜光の髪がかかる。
誉は息を止めた。
お互いの唇の距離は、あと僅か……


「……俺を見ろ」


その囁く低い声に導かれるように、誉はその声の主を見上げた。





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