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藍城家の日常
第3章 桃のシロップ漬け
『……っん』


じゅ……っくちゅ……

温かくなったひときれの桃が、じゅくじゅくに溶ける。
舌と舌でその欠片を転がすと、少しずつ果汁が溢れてくる。


(甘い……)


伝った蜜が、お互いの喉を鳴らす。
口移しとは少し違う。
ふたりでひとつの口を使って、桃を食べているような、不思議な感覚だ。


「……ふ」


夜光は皿の上の桃が無くなるまで、それを何度も繰り返した 。


(頭がふわふわする……)


『ふぁ……、』


誉は顔の火照りが、自分の体、全体に広がっていくのを感じていた。

溶ける。
桃のように、じゅくじゅくと、

体の骨を抜かれたように力が、出なくなる。

夜光の頭を支える手が、少し冷たい舌と唇が、触れている所から、じんじんと爛れているみたい……


「……少しはマシになってきたじゃねぇか。あ?随分良い面をしてるな……」


誉がまともに口付けを交わせるようになった頃、夜光はやっと唇を放した。


「たくさん練習した甲斐があったな。誉?」


その口角はにやりと上がったまま。
誉は、うっとりとした表情で夜光を見つめる。


『は、い……』


(とても長い、口付けだった……)

誉はまだぼーっとした意識で、目の前の夜光に見入っている。


「……そんなに良かったか。なら、最終試験だ」

『…………え?』


支えられていた頭を突然放されて、かくんっと首を揺らした誉はやっと我に帰った。

きょとんとする誉の手を、夜光は自分の頬に添える。


「誉、お前から口付けをしてみろ……」

『え!?』

「何度も練習したじゃねぇか……できるだろう?お前から唇を重ねて、舌を絡める。たったそれだけだ……さっきやっていたことと同じだろうが」


夜光はくつくつと笑っている。


『な、なな、なっ』


誉はあわあわと口を開けたり閉じたりする。


「それができれば合格。褒美をやる……できなければ、そうだな、桃をもう一度もぎに行く」

『!』


彼の言葉に誉は目を見開いた。

もう口付けは充分!
これ以上やったら自分の身がもたない、誉は危機感を覚えて、覚悟を決めた。


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