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藍城家の日常
第3章 桃のシロップ漬け
「……会いたいのか?」


襖に手を取ったままの夜光は、肩ごしにこちらを見つめている。

その瞳は冷たく冴えていて、その中になんとなく、ほんの少しだけ悲しげを帯びていた。

誉はそれに、気付かない。


『私の兄です、きっと私にも会いにきたはずです。炎鬼兄さんにどうか、会わせてください……っ』


昨夜のことでこたえた体を起こし、ふらりと少しずつ歩いて、誉は夜光の袖を掴んだ。


「アイツに会ってどうする?お前はそのまま家に帰るのか?」


夜光の瞳は冷たいままだ。


『え……?』

「例えお前が帰らないと言ったとしても、アイツはお前を連れて帰るだろうな……」

『夜光様……』

「いっそお前を、隠してしまおうか……」


ーーー他の誰にも目が届かぬ所へ。


「いや……もう遅いな」


夜光は誉からふいっと視線を外し、掴まれていた誉の手を振り払った。


『っ』

(どうして……会うことすら許してくれないのだろう)


払われた手が寂しそうに離れる。
振り向かないまま去っていく夜光を見て、誉はくしゃりと顔を歪ませた。


その時ーーー


「誉っ!!」


遠くからバタバタとした足音と共に、切羽詰まった炎鬼の声が近付いてくる。

あまりに勢いのあるそれに誉と架音はふたりして目を丸くした。


「げっ!外で待たせてたのに!」

『……!』


炎鬼は勝手に他人の屋敷に上がり込むようなひとではないと、誉は知っている。

真面目で礼儀正しい兄の姿を見てきた誉には、信じられないことだった。

それほどまでに彼は焦っていて、私を心配して探している……


(会いたい)

『炎鬼兄さんっ』


誉はまるで迷子になってしまった子猫が母親に鳴いて呼ぶように、炎鬼の名前を叫んだ。


「あ、ちょっとーーー」


襖の外に出てよろよろ歩き出す誉を、架音は支えるようにして阻もうとする。

止めるというよりも、弱々しい誉の様子を心配している、というような感じだ。


「誉!!」


さっきよりもずっと間近で誉の名を呼ぶ声がした。






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