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藍城家の日常
第3章 桃のシロップ漬け
『炎鬼兄さん……』


そこには息を切らして肩を上下させる炎鬼が、必死な剣幕で立っていた。

誉は体の力が自然と抜けていくのを感じた。
ぺたりと廊下の床に尻を付ける。

彼を見ただけで、こんなにも安心してしまった。


「誉……!」


炎鬼はそんな誉を引き寄せて、確かめるようにその小さな体を抱き締めた。

彼は汗だくだった。それに、土の匂いがする。
出張先からまっすぐにここまで来たのだろう。


「この、馬鹿!!俺に何の連絡もしないでお前は……
!なぁ、俺はそんなに頼りない兄なのか?教えてくれ、どうして……。頼むから自分を大事にしてくれ、頼む……」


いつもハキハキしている口調が、おぼつかなくなっている。

荒れた息の中で、少し震えている炎鬼の声を聞いて、誉は胸がぎゅっと痛んだ。


『炎鬼兄さん、ごめんなさい……』

「……説教は後だ。とにかく今は帰るぞ!この屋敷の主人に会う暇はない。まずはお前の体を休めなくては……」


そう言って炎鬼は誉に前掛けを被せて、しゃがんで背中を差し出した。


「ほら、おんぶだ。……今は、歩くのが……辛いんだろ」

『……はい』

(昨夜のことが、兄さんには全て気付かれてる……)


誉は大きな背中に身を預ける。
おんぶをされたまま、夜光の姿を探してみても、彼は居ない。

私を家に帰してくれるおつもりなのか……


「しっかり掴まってろ誉。でも首は締めない程度にな」

『はい、』


炎鬼はそばにいた架音を一瞥してから、屋敷をあとにした。


ーーーーー


さて、ここは炎鬼宅。
この屋敷には炎鬼と誉の他、身寄りを無くした者が多く住んでいる。

慈悲深い炎鬼に助けられて、皆彼のことを信頼しているし、いつもこの屋敷は賑やかなので誉はどこよりも心地よく感じていた。

それが、今日はちょっと違う。

空気がピリピリしている。


「……それで、誉はあの男の好きなようにさせたのか?出会ってまもないあの男に?」


机の向こうに座っている炎鬼は、ゆさゆさと貧乏ゆすりをする。

これは、彼が苛立っている時の癖だ。


『はい……』


こくんと小さく頷いて、誉は机をずっと睨んでいる炎鬼を見つめた。


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