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藍城家の日常
第3章 桃のシロップ漬け
『……何も言わずに、そうしてしまったのは私がいけませんでした。ごめんなさい……兄さん、どうか私を許してください』


自分に向ける視線を一切反らさない誉に、炎鬼は強い意思を感じていた。


「……」


腕を汲んだまま、炎鬼は唸る。


「……お前の気持ちはよく分かった。だが、あの男はダメだぞ。アレはいかん」

『……彼の噂は聞いています。兄さんが思っている通り、私は弄ばれたのかもしれません。ですがそれも、自分で確かめたいのです。どのような方なのか、知る努力をしたいのです』


もう乗りかかった船。
たとえどんな結末でも、悔いのないように。


「好きでもないのにか?」

『好きでもないなら、好きになる努力をします。あの方と、恋をします』

「……」


炎鬼はガシガシと頭をかいてまた唸る。


『兄さんっ』


誉は子犬のようにきゅんきゅんすがる瞳で彼を見つめた。

炎鬼は誉のその瞳に見つめられると、どうにも断れない。


「~っ!分かった!ただし、困ったことがあったらいつでも帰ってこい。俺からも様子を見に行く」


とうとう屈してしまった炎鬼。

誉は緊張していた顔がゆるゆると緩んでいくのを感じた。

と同時に、喉から何かがせりあがってきて、目にうっすら涙を浮かべる。

自分はもうこの家を発つのだという実感が、フツフツと沸いてきてしまった。


『ありがとう……炎鬼兄さん、今まで、本当に、ほんとに、お世話になりました……っ』

「誉……」

(会えなくなるわけじゃないけれど、やっぱり寂しい )


『っ』

うるうるする妹に、兄もつられてくる。

炎鬼は誉を後ろから抱き締めて、ポンポンと頭を撫でながら背中をたたく。

昔から、誉が泣いている時彼はこうしてあやしてくれるのだ。

それも、遠いものになる……


「辛いことがあったら言えよ」

『はいっ……』

「分からないことがあったら聞けよ」

『はいっ……』


誉はしゃくりながらこくこく頷く。


「……」


それでも炎鬼は、やはりこの先大丈夫だろうかと心配で気が気じゃない。

体が弱くてお人好し。
あまりにも純粋すぎて、真っ直ぐ。

そんな妹を、あの氷のような冷たい目をした男は大切にするのだろうかーーー



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