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藍城家の日常
第3章 桃のシロップ漬け
そう考えると、どうしても悪い方向へと想像が進んでしまう。

愛をもらえず、雑巾のように使われてポイされるかもしれない。

(あの男はやりかねない。
手遅れになる前に、やはり止めるべきか……)


「……」


炎鬼は自分の腕の中にすっぽりおさまって、鼻をすんすん啜っている誉を見下ろした。

彼女には昔から、どうにも庇護欲がそそられて仕方がない。


(あぁでも、妹の主張を聞いてあげたい)


あんなに真っ直ぐに自分に向かってきた妹は初めてかもしれない。

自立したいーーー

あれこそ誉には珍しい‘欲’だ。


(……俺は陰で見守るしかできないのか……こんなことになるなら…… )


「……結羅様の御提案を真面目に聞いておけば良かった……馬鹿だな、俺は……」

『え?』

「いや……何でもない」


あの男の匂いをつけたお前を見つけるまで、気付かなかったーーー

胸の内に隠れていた小さな芽。

だけど、もう遅い。
育って花を開くこともない。
炎鬼は情けない自分を嘲笑いながら、華奢なその体を大切そうに抱き締めていた。


ーーーーー


その日の夜、夜光の屋敷に再び向かう誉を炎鬼は最後まで送っていった。

ぼんやりと明かりが灯っている屋敷の前で、誉は深呼吸する。


「……何だ。すぐに帰ってきたな……もうお前は新しい巣を覚えたか」


訪問者に、夜光は一瞬驚いた表情を見せたが、それはすぐに無表情に戻っていった。


『……私はもう夜光様のものですから』


誉は落ち着いた笑みを浮かべる。
夜光はそんな彼女の頬に手を伸ばしたが、それはずいっと踏みよった炎鬼によって遮られた。

今にも噛みつきそうな形相で炎鬼に睨まれて、夜光は舌打ちをする。


「誉、余計なものまで連れて来るな……」

『余計だなんて……ここまで送ってもらったためです。それに、兄さんが夜光様に会っておきたいと言ったので』

「ほう……今朝勝手に屋敷へ上がり込んでお前を連れ去ったアレか。番犬のようだな」

「誉を連れ去ったのはお前だろう。俺は妹を助けに行っただけだ!」


炎鬼は噛みつくように言い返し、夜光は彼を冷たく睨み付ける。

空気がピリピリし始めた気がした。
誉は困ったように、ふたりの顔を交互に見つめるばかり。



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