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藍城家の日常
第3章 桃のシロップ漬け
唇が美しく弧を描く。
不適に笑う夜光に、誉は背中からぞくぞくとした感覚を巡らした。

私は夜光様によって変えられる。
私はいったい、どうなってしまうんだろう……

怖さの反面、心のどこかで期待している自分がいた……


「体は十分休めてきたろ……今夜は手加減しねぇ。先に言っておくが、鬼の精力を並大抵のものだと思うなよ……」


ーーー覚悟しろ、そう耳元に囁かれて、誉は軽々と持ち上げられる。

夜光は姫抱きした誉の頭に、さりげないキスを落とした。

自然の動作に見せかけた、本人も気付かないような……


連れていかれたその場所は、


『……』


昨日と同じ。
初夜を迎えて、たくさんの口付けを交わした部屋。

籠の部屋だーーー……


夜光は行灯の火を灯さない。

格子のように張り巡らされた木枠、その間から、青白い月の光が差し込んでいる。

そこは朝の眩しい光を受けていた部屋とは思えないほど。


『……きれい』


照らすのは、それで十分な程明るい。


「……今夜は月が」


宙に差し込む光を、ぼんやりと見つめている誉の頬に、夜光の手が添えられる。

ドキリとする。
誉は不安と、期待に満ちた瞳で目の前の彼を写した。


「美しいからな……」


ぎゅうっ!


「今夜は月明かりが俺達を照らしてくれる……」


ふ、と綻んだその表情に、誉は心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。


「……よく帰ってきたな、お前」

『ぁ、う……っ』


動けなくなってしまう。

心を掴まれたまま、離れない、胸が、苦しい。
ざわざわと何だか分からない感情でいっぱいになる。

例えば熟れきった桃。

それを片手で握り潰されて、果肉と果汁がじゅわり、ぐじゅぐじゅと掴まれた手の間から溢れていくような……


(この気持ちは、何だろう……)


一瞬、唇を、
重ねて欲しいと、思ってしまった。


『や、こうさま』


ほぅ……

誉の唇の間から熱い吐息が漏れる。
自分に魅了される彼女の様子に気付いて、夜光は目を細めた。


「どうかしたか……頬が赤くなってる」

『あっ……』


夜光の指はついっと誉の頬を撫でて、彼女の帯へと下がっていく。

しゅる……
帯紐が抜かれている感覚が生々しく体に響いた。



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