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§ 龍王の巫女姫 §
第20章 史書から消えた物語

「…名なんてねぇよ」
そう、彼には名前がない。
孤児院では名で呼ばれていた筈だ。だが七歳の時の事件であそこから逃げ出してから、だれも彼を名で呼ぶ者なんていなくなった。
いつしか忘れてしまった…
彼は生きていくだけで精一杯だったし、呼ぶ人間のいない名前なんて早く捨ててしまいたいと…本能が願ったのかもしれない。
「そうか…嫌なことを聞いたな、謝るよ」
「いちいち気にしてられるか、それより…ここから俺を出せ」
「……ここから…? うーん、無理」
「……ハァ」
舌打ちと溜め息。
少年は床にどかっと腰を下ろした。
逃げ出す手助けにならないなら、これ以上話したところで労力の無駄だ。
「君のことは、通りすがった衛兵から聞いたよ」
「……(ダカラ、ナンダヨ)」
「…僕は嬉しいよ、君が来てくれて」
「気持ち悪い」
「…はは、だろうね」
“ 何がそんなに楽しいんだよ ”
微笑みを絶やさないその青年が不思議で、それでいて気に喰わない。

