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秘蜜に濡れて
第19章 想傷の真下
真っ直ぐに歩み寄るのは確かに撥春だった。

何故も如何しても、喉に引っ掛かって出てこないまま、腕を取られる。

「相馬 あいりは早退します、机どこ?」

圭吾が此処と指差すと、撥春は手を引いて鞄を取り、そのままエレベーターに乗り込んだ。

ドアが閉まる瞬間、圭吾も、雪夜も、笑って手を振っていた。

「あ、の…」

撥春の横顔は険しく、それでいて何処と無く悲しげだった。

何処から聞きつけたのか、一階、二階は人だかりになっていた。

その中を涼しい顔をして突き抜けていく撥春。

悲鳴にも似た嬌声があちこちから上がった。

タクシーを捕まえると、行き先を告げて走り出した。

繋がれてままの手のひらが熱い。

そして、胸もキシキシと痛んだ。

左手で頻りに唇をなぞる撥春。

あいりはそっとその仕草を盗み見た。

ぼやけて行く視界に、撥春が揺らぐ。

タクシーが着いたのは撥春のマンションだった。

「鍵、持ってる?」

「あ、はい」

もう…使う事はないと思っていたそれを鍵穴に差し込むとくるりと回した。

撥春の家の香りに…心落ち着くあいりがいた。

ソファーに座る撥春、立ち尽くすあいり。

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