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秘蜜に濡れて
第22章 Not enough
「ただいま」

あいりの声に母がいそいそとキッチンから出迎えに出て来た。

「お帰りなさい、伊坂さん、ですわね、いらっしゃい」

母も何所か浮き足立った感じで落ち着かない。

リビングに隣接する和室では父親が座ってテレビを見ながら待っていた。

「初めまして、伊坂と申します、夜分にすみません」

父親は聞こえるか聞こえないかの返事をし、まあ座りなさいと席を促した。

「これ、口に合えばいいんですが」

「どうも」

素っ気ない父親の返事にあいりはハラハラしながら、二人の様子を見つめた。

「伊坂さん、お酒は?」

「いただきます」

ビールとグラス、簡単なつまみが用意された。

「あの…」

「まあ、飲みなさい、そう急がなくてもいいだろう」

言葉を遮りグラスに注がれると、取り敢えず酒を酌み交わした。

一通り食事を運ぶと母親とあいりもテーブルに着く。

「今日は急なお願いを聞いて頂き、ありがとうございます」

改まって撥春が口を開くと、父親の手が止まった。

「あいりさんとお付き合いをさせて頂いています、ご挨拶が遅れた事をまずお詫びさせて下さい」

「そんな…あいりももう大人ですから…」

恐縮する母親を他所に父親はじっと撥春を見据えている。
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