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負い目
第1章  
 脳天にガツンガツンと破壊音が鳴り響いている。
 それはまるで、さっきリョンちゃんに殴られた時のような音だった。




 身体を起こしたとき、視線の先にいたテッちゃんは流しで氷を割っていた。
 リョンちゃんちから帰宅してすぐ、眠ってしまっていたらしい。
 頬と額と股の入口と股の奥と恥骨と、とにかく全身あちこちが痛い。




 窓の外は橙色の空が広がっていた。
 製氷機の壊れた冷凍庫でお母さんが作ってる、ジップロックコンテナ入りの氷。
 今朝、清掃員の仕事に出かける前、お母さんが依頼した任務を遂行しているのだろう、お母さんに負い目しかないテッちゃんは。

 不愉快な破壊音が団地の一室を支配している。
 アイスピックが上下するたび、テッちゃんの太い腕に浮かんだ血管が膨らんだり萎んだりしていた。
 その逞しい上半身にはなにも身に付けていなかった。

「あの・・・おかあさんは」

 まだ帰ってませんか?
 蚊の鳴くような弱々しい声は破壊音にかき消された。
 しかし、テッちゃんはわたしに振り向いた。

「まだやな」

 はじめてわたしと対人間同士の会話を交わしたテッちゃんの声は、思っていたより低かった。

「おまえの学校が終わる頃には帰る言うてたのにな」


 わたしの嘘を信じているらしい破壊音は止まる気配がない。
 畳のあとがついた肌を起こして、鈍く広がる全身の痛みの中で、自分の姿を確認する。
 Tシャツに隠れた、乳首のあたりほんの少し膨らんだだけのむね。
 ハーパンと下着に隠れた線しかない股。
 日焼けしたガリガリ貧相な腕と足。
 そのほかは腫れたり血が滲んでいたり。
 そして、面白いくらいがくがく震えてる、両手。




「顔、どないした」


 テッちゃんは背中を向けたまま言った。
 破壊音が止まる。


「えらい顔してるやん」


 振り向いたテッちゃんの顔には、人間らしい笑みが浮かんでいた。


「いまどきの小学生は女子でも喧嘩するんやな。知らなんだわ。カワイソウニ。登校日なんかなかったら殴られんで済んだのにな」


 なのに、わたしの両手は落ち着かずに揺れ続けている。


「俺んときは男子だけやったけどな。女子なら、不良。おまえみたいな子を殴るようなんはおらなんだけどな。俺がおらんあいだに世間も変わってしまってんな」



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