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偽善者
第1章 偽善者
 泣きながら、二回、叩いた。




「悠里に好きだと言えないまま死ぬことだけは、できないと思った」





 そして、呆然と立ち尽くしているわたしの肩を強く揺すって。




「俺はずっと悠里のことが好きだった。悠里が隣に引っ越してきた日から、ずっと、初めて悠里を見た日から、ずっとずっと、悠里のことが、好きだったんだ」




 おまえは最後まで責任を持てないのに、マンションでは犬が飼えないことを知っていたのに、自分の偽善であの子犬を、自分の優しさを肯定したいためだけにあの子犬を、弄んだんだと。




「その、紫外線アレルギーでろくに日光に当たれない透き通るように白い肌も。その、丸っこいメガネも。その、茶色い、ふわふわ落ち着かず柔らかく波打った長い髪も。その、ぶっかぶっかのトレーナーから浮き出た細くて薄い肩のラインも。スカートの裾から伸びる、真っ白い棒みたいな足も。あぁ、こんなこと言ったら外見しか見てないって悠里は捉えちゃうよね。でも、そうじゃないんだ」




 おまえは、偽善者だと。




「悠里はいつも俺に挨拶してくれて、会話してくれて、ヒカルとも遊んでくれた。回覧板を持ってきてくれたし、そうそう、自転車のパンク修理に連れて行ってあげたときは、俺より年下のくせに気を使ってあとからうまい棒を1本、ピンポン鳴らして持ってきてくれたよね。なにより悠里はいつも優しかった。暖かくて優しい空気を身に纏って生きてた。親が優しいからだろうね。悠里のそばにいると、自分までその暖かくて優しい空気に包まれるような気がして、だから、悠里のことが、どうしようもないくらい、ずっと、好きだったんだ」




 助けてやれないなら、なにもするな。
 自分の手には負えないと分かっているなら、なにもしてやるな。
 相手に期待を持たせるな。
 と。




「だから、債権者から与えられた死の晩餐の24時間のあいだに、どうしても、悠里にこの気持ちを伝えたいと思って、多少乱暴であるとは理解していたのだけど、何も知らずいつも通り学校に行こうと玄関を出た悠里を捕まえて、そして俺の部屋に引きずり込んだというワケなんだ」




 そして、どうすることも出来ないと悔やむ自分の無力さを見つめろ。
 と。






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