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偽善者
第1章 偽善者
 わたしには、よく、分からなかった。




「あぁ、死ぬ間際って案外幸せな気持ちなんだな。知らなかったよ。あ、あと4時間12分か。お父さんとお母さんは今頃何をしてるんだろう。まさか逃げたなんてことはないだろうけど、そうだったら最後の最後で俺は今世での人生の終わりに更なる彩りを添えることができるというワケだね。俺が債務者というワケでないのに、借用書で定められた規則に則り、返済の余地がない場合は一家心中を、という規則を守らなければならない。それも、たったヒトリで。そうしなければ買い取ったヒカルを殺すと脅されているからね。やれやれ、頭のいい債権者だ。脱帽モノだよ」



 あの丸顔のおじさんは、ラッキーをウチの事務所で飼うことにすると言った。
 


「今まで優しくしたことなんか一度もなかったのにね。なんで今になって優しくしたくなったんだろう。ヒカルのことばかり考えてしまうよ。あいつのためなら、俺が死ぬことくらい、どうってことないって気持ちになる。死と今世の人生に対する心の整理がついてるせいかも知れないけど。いや?ちがうな。あ、そうだ。一石二鳥。それに近い感覚だ。ほんとは自分のために死ぬのに、他者の目に晒された場合は弟のために死んだんだ、と装うことが出来る、一石二鳥な死、と捉えている部分もある。うん、要するに俺はニュートラルな状態で死を完全に受け入れているわけじゃない。後悔と懺悔を含んでる。ヒカルに何もしてやれなかった自分を肯定したいだけで、ほんとはヒカルのことなんてこれっぽっちも考えていない。そういう、偽善的な要素を孕んでるのかも知れない」



 そして、心の優しいお嬢ちゃん、いつでもこの犬に会いにおいで、と言って、住所の書かれた名刺をくれた。



「うん、俺はやっぱり、嫌な人間だね。目を逸らしていたかったのに、やっぱり逸らせなかった。懺悔するよ、聞いてくれる?俺ね、ヒカルにイタズラしてたんだ。悠里とヒカルを重ねて、イタズラしてた。酷い兄貴だね。そりゃ、死んで当然と思われるよ」



 わたしは優しくなんかないよって言って、名刺をおじさんの笑顔に投げつけて、走って帰った。
 泣きながら、振り向かず、走って帰った。



「でも弁解させて欲しい。だってあの頃は、まさか悠里の裸をほんとに見れる日が来るなんて、思いもしなかったんだ。いや、来ない方がよかったんだけど」
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