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水蜜桃の刻
第9章 その声
「俺、プライベートの鈴木さんをもっと知りたいです」
本郷くんがはっきりと口にした言葉に、思わず一瞬手が止まる。
「……そんなの知る必要ないでしょ?」
けれど数秒後、私はそう答えていた。
まるで言葉で、線を引くように。
あ……私────。
自分でも、そんな自分に驚いていたら
「鈴木さんのさっきみたいな顔……もっと見てみたいんです」
そう、続けられる。
本郷くんは踏み込んでこようとしていた。
私が引いた線を、踏み越えようとしていた。
これまでの彼にはなかったその態度。
けれど私は、もう自覚していたから。
「……本郷くん」
「はい」
「飲み終わったら仕事戻ろう?」
顔を上げて、正面から彼と視線を合わせる。
それ以上その話はしたくない──そんな私の気持ちが伝わったのかなんなのか、本郷くんの瞳が一瞬ゆらりとした。
「ね」
再度、呟くように口にすれば、とうとう彼は私から視線を逸らすように俯く。
小さく息を吐き、再び顔を上げたときにはその口元は固く結ばれていた。
「……はい」
そう答え、再びコーヒーを口元に運ぶその手。
それを見ながら、私もまた。
それから彼は、店を出るまで無言だった。