この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
水蜜桃の刻
第9章 その声
店を出て職場に戻る途中、ずっと黙っていた本郷くんがやっと口を開いた。
「……なんかすいません」
「え?」
横を見ると、彼は俯いていて
「なに? どうしたの」
「……いや、なんか。
変な雰囲気にしちゃったから」
「そんなこと……」
「せっかく鈴木さんとのランチだったのに」
ぼそっ、と零す彼に少しだけ申し訳なくなる。
雰囲気が変わったのは、私が先生からの電話に出たあとからだ。
それは自分でもわかっていた。
「何その、最初で最後みたいな言い方」
私はわざと、何でもないことのように答える。
「また行けばよくない?」
ね? と俯いている彼の顔を覗き込むようにして視線を合わせた。
やっと顔を上げた彼は言う。
「……また行ってくれますか?」
「もちろん」
頷いて答えると、その顔にやっと笑みが……あの人懐っこい可愛い笑顔が浮かんだ。
「ほんとですか?」
うん、と頷く。
「ごはんぐらい、いつでも」
わかりやすい彼の態度。
……好意を持たれてると感じるのは自惚れではないと思う。
並んで歩く帰り道。
彼の話を聞き、その内容に相槌を打ちながらも私の心の中は複雑だった。
先生と再会するまでは、もし彼に交際を申し込まれたら、自分はきっと受け入れるんだろうと思っていた。
彼の明るさは、一緒にいて心地いい。
ストレートな態度も、最初は戸惑ったけど今は可愛いなと思えていたくらいだった。
好きになれたらいいな。
好きになれそうだな。
……そう感じ始めていた。
でも────。