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水蜜桃の刻
第9章 その声
「え?」
加奈ちゃんが目を見開く。
「だってこの前はOKするかも、って言ってなかった?」
「……ん」
確かに、そういうつもりでいたけど────。
「ちょっと、思うところがあって」
「え、何? なんかあったの?」
加奈ちゃんの言葉に、ん……と私はまた曖昧に返す。
先生のことは、誰にも話していない。
あのときのことは今でもふたりだけの秘密だった。
「……実はね、昔好きだった人とこの前偶然会っちゃって」
「え? 透子、そんな人いたの?
もしかしてあのプロポーズ断った彼────」
そのとき人が化粧室に入ってきて、加奈ちゃんは慌てて口を噤んだ。
その人が個室に入ると、その元彼の名前を口の動きだけで聞いてくる。
首を振って答えると、じゃあだれ? とまた。
私はそれには答えず、自分のポーチを加奈ちゃんに渡した。
そのまま、個室に入る。
済ませて出ると、加奈ちゃんは待ってましたとばかりに聞いてきた。
「ちょっと、それ誰?」
声に出すということは、もう中には誰もいないのだろう。
「それはまだ内緒」
手を洗いながら、鏡に映る加奈ちゃんに言った。