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水蜜桃の刻
第12章 切迫
「……話がないなら……帰る」
俯いて、私はそう言った。
先生のこと……好きだけど。
……ううん、好きだからこそ、そんなふうにからかわないで欲しかった。
そんなことされたらさすがに私も悲しくなる。
先生への気持ちを軽く扱われたような気になった。
「帰るの? 何で?」
なのに今度はそうやって、まるで引き止めるかのような言葉。
「彼と飲んでたのを切り上げてまで、ここに来たかったんでしょ?」
「え……」
彼、って────。
顔を上げた先の、先生の、その顔。
「……敵意丸出しだったもんな」
は、と笑う。
その少し意地悪そうな、笑み。
あ……と。
ぞくりと背筋を何かが駆け抜けた。
この笑い方、そう──覚えてる。
今まで私が、あ、とたびたび感じた先生の笑みは、まだそうではなかったんだと今、わかった。
その、目の奥に宿るゆらりとしたもの。
それをちらつかせながら、私を見る。
口元を、歪めるようにして。
これこそが、そうだった。
10年前に私を追いつめ、どうしようもないほどその時間に溺れさせていった先生の、そう……そのときの、表情は────。