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水蜜桃の刻
第12章 切迫
「……10年前」
先生の口から発せられたその単語。
どくん、と心臓が跳ねた。
「忘れてないよ」
先生は、静かに続ける。
あの記憶を。
たまらなく甘くて、そしてどうしようもなく切なくもあったあの、たった一度だけのそれを、忘れてないって。
「透子ちゃんが言ったんだよ。
……忘れないで、って」
──そう。
確かに私はそれを願った。
あのあと、ただの生徒として心の中を隠して、そうやって先生に接し続けた。
そして最後の日に先生は言ったんだ。
『ご褒美は何がいい?』って。
だから私はそう願った。
忘れないで、って。
先生の中であのときのことをなかったことにしないで、って。
「覚えてる……全部」
「……っ、先生」
私は首を振った。
違う……だってそれは全部じゃない。
あのあとの私の苦しさを先生は知らない。
想いをひたすらに抑えて、隠して、そうやって接し続けたあいだの、もう口にすることも許されないどこにも行き場のなかった想い。
繋がってしまったからそれは余計に。
あんなに幸せで、気持ちよくてどうしようもなかった先生とのセックス。
あんなのを味わってしまったらもう違う誰かとのそれなんて満足できるわけないと思えるほどの。
そして実際、その通りだったほどの。
そんな私の10年を、先生は知らない────。
「やだ……もうあんな思いしたくない……っ……」
苦しかった。
諦めざるを得ないってわかってたのに。
一回だけって約束した上で抱いてもらったのに。
想像していたよりそれは本当に苦しかったから。
なのに。
「あのとき先に欲情したのは透子ちゃんだ」
10年前の始まりを、先生は口にする。
私は唇を噛んだ。