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水蜜桃の刻
第14章 氾濫
一度家に帰り、着替えをしてから指定されたカフェに行くと、もう彼はすでに中にいて、席についていた。
少し奥まったところにある、隔離されているかのような2人掛けの席。
すぐに私の姿を認め、手で合図してくる。
笑おうとしながらも少し強張っているかのような表情は、私の答えをもうわかっているからだろう──そう思った。
彼の向かい側に座り、コーヒーを注文した。
途端に本郷くんが、昨日の話をし出す。
私が帰った後、3人でカラオケに行ったとか、そこで佐藤くんがテンション高く何を歌っただとか。
コーヒーが運ばれてきても、本郷くんは話し続ける。
……私の話をまるで聞きたくないかのように。
それでもいつまでもそのままでいるわけにいかず、私は彼の言葉を遮るようにして告げた。
ごめんなさい、と────。
私に言葉を遮られた本郷くんが、その唇をきゅっと噛みしめるようにする。
訪れた沈黙に、私は俯いた。
他のテーブルから聞こえてくる楽しそうな話し声、笑い声。
ここにだけ、まるで違う空気が満ち始めたかのようだった。
「……この前、言いましたよね」
不意に聞こえてきた呟きに、私は顔を上げる。
本郷くんが、私を見ていた。
「まだ返事はいらない、って」
真っ直ぐに、私を。
「これから俺のことちゃんと見てください、って」
普段みんなに見せているあの柔らかな表情とは違う、真剣なそれで。
「……ごめんなさい」
私はただ、そう繰り返す。
それ以外、答えられなかった。