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水蜜桃の刻
第14章 氾濫


「本郷くんの気持ちは嬉しかった。
でも私────」

「あの人?」


遮るようにそう聞かれ、え……と戸惑う。


「やっぱりあの人ですか」


繰り返されるその問い。
誰のことを指してそう言っているかなんてすぐにわかった。


「……うん」


本郷くんを受け入れられない理由がはっきりしている以上、それを伝えないと彼にも失礼な気がして肯定する。


「だからごめんなさい」


頭を下げれば、聞こえてきた溜め息。


「でも、知り合いって言ってたじゃないですか」


そして、その言葉。

それは今もそのとおりだった。
身体は重ねたけれど、付き合っているわけではない私たち。
あらためて思えば、その事実に少し胸がきゅっと痛んだ。


「実は付き合うことになったとか?
昨日……あれから」


少しだけ目を逸らす本郷くんのその瞳は、落ち着きなく揺れていた。


「俺が告ったあとに」


微かなその呟きの直後、深く俯き息を吐く。


「……そうじゃ、ないけど」


その姿を見ながらそう口にすれば、弾かれたように顔を上げた本郷くん。


「だったらわかんないじゃないですか、先のことなんて」


私を見つめ、少し前のめりになりながら言ってきた。


「本郷くん……」

「もう言ったんですか」


その勢いに押されるように、え……? とただ、口にすれば


「だからその人に、鈴木さんの気持ち」


本郷くんは、そう繰り返す。


……私の、気持ち。
まだ伝えてはいない、その想い。


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