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水蜜桃の刻
第3章 その唇
先生とふたり、部屋の中。
いつもと同じなのに、どこか違う気がする。
机の上のテキストは、今日は閉じたまま。
先生の鞄も、そのまま部屋のドアの横に置かれる。
かけていた黒縁の眼鏡が外された。
「先生……それ」
初めて見た。
先生の、眼鏡を取った姿。
「これ、だてだから。
先生やるときだけかけてんの」
気持ち切り替えるためにね、そう言ってまた笑う。
「……そうだったんだ……」
思わず目を逸らし、何でもないように返しながらテキストを机の棚に片づける。
でも。
どうしよう。
やばいかも。
ほんとに私、やばいかも────。
先生の眼鏡を取った顔。
すごく、すごく好きだって思っちゃったら、もう胸の中が騒がしくて。
本当に苦しくなってきて。
そんな切羽詰まった状態の中、あ……とそれを思い出し、先生を見る。
「ちょっと待っててね、先生!」
「ん?」
その返事に部屋を出て、ドアを後ろ手に閉め、大きく息を吐く。
それから私は一階に降りた。
キッチンに立ち、台の上のそれを手に取る。
毎年、親戚から送られてくる桃。
先生もこれが大好きで、出すと喜んで食べてくれる。
ナイフを取り出し、それから私は少し、考えた。
お母さんからは、ちゃんと食べやすいように先生には切ってお出ししてね、と言われたけど────。