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水蜜桃の刻
第17章 その心
「どういう意味」
先生がとうとう聞いてくる。
それでも黙っていると
「透子ちゃん」
少し苛立ちを滲ませたような口調で再度促され、私はやっと顔を上げた。
「……言葉のとおりだよ、先生。
いい子でいるのはやめたの、もう」
泡をすすぎ、その模様を露わにするカップ。
私もこんなふうに、自分をいい子でコーティングしていたのかな、なんて、そんな考えが浮かんだ。
「だって昔も今も……いい子でいたって先生は私を好きになってくれなかったから」
「……何それ。
何、いい子って」
先生が、呟く。
「だから……わがままを言わないで、約束を守って──そういう子。
……先生にとって都合のいい子?」
ふっ、と自分が口にしたことにおかしくなる。
そうだ、それだ。
先生の都合のいい子でいようと私は必死にそうしていたんだ。
そうすれば好きになってもらえるような気がして。
「でも先生は好きになってくれなかったから……だからもうやめたの。
そして決めた。
私は私の気持ちをちゃんと言う、って」
ケトルに水を入れ、火にかけた。
コーヒーカップを棚から取り出し、ペーパードリップをセットする。
香ばしい独特の香りが広がった。
それから、ようやく先生を見る。
私を見ている先生を、真っ直ぐに。
「先生が好きで、先生と付き合いたいってちゃんと言う、って」
しばらく見つめたけれど、何も言わない先生。
けれどその目は細められ、唇は時折歪むように動いていた。