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水蜜桃の刻
第17章 その心
そして仕事に戻るために身なりを整え始めた先生を見つめていた私は、そのことに不意に気づいた。
「……先生」
近付いて、そのまま伸ばした指先で
「口紅……ついてたら大変だから」
つつ……と先生の唇を拭った。
柔らかに、しっとりと濡れているそこの感触。
はあ……と深い息を無意識に吐いていた。
指先を見れば、やっぱり少しついていたみたいで。
なのに私の前では自分で拭おうとはしなかった先生の優しさに、また気づいた。
「人の口さわって何考えてんの?」
からかうような口調に、首を振る。
「別に何でもっ」
そう、慌てて否定した私の唇が、突然先生の指先でなぞられた。
「あ……」
ゆっくりと、親指で。
少し、中に入ってきたそうな素振りを見せながら。
「ん……や……」
また、身体が煽られるような感覚。
たまらず、はあっと息を吐くと、その指はそっと離れていった。
「……夜まで待てる?」
……夜、先生をもらえるの?
ちゃんと、先生の心を?
今度は、身体だけじゃないんだ……よね?
私は、こくんと頷いた。
「待てないからってひとりでしたら駄目だよ」
「っ……!」
言われた言葉の意味に、絶句しながらも首を振った。
「そんな、の……しない……」
「……そう?」
含んだような笑い方をして、先生は私からとうとう離れた。
リビングから出ていこうとするその姿に、はっと我に返った私は追いかけるようにして玄関に進む。