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水蜜桃の刻
第3章 その唇


頭でその言葉を繰り返した私は、ようやくそれを理解して


「……っ、だめ……!」


弾かれたように顔を上げた。
まだ、そこにあった先生の腕を咄嗟に掴む。


「やだ!」


せっかく先生とふたりきりなのに。
きっともうこんな機会ないのに。
こんな……こんなことでおしまいになるなんて────!


「だって今日……何だかおかしいでしょ」


私の焦りとは反対に、先生はあくまでも冷静に話す。

当然だ。
今日の私は本当におかしい。
なんだかいろいろ判断が狂ってる。
きっと憧れの先生と初めてふたりきりになれた現実が、私の頭をおかしくさせてしまったんだ。
そうとしか、考えられない。
でなきゃこんな状態になるわけない。


「ごめんなさい……! 普通にするからっ」


それでも。
このままこの時間を終わりにしたくない。

さっきは、先生の顔をもう見られないなんて思ったくせに。
今は、先生の顔を見ながら必死にこんなふうに縋って。
ゆらゆらと動く感情はどこにいくのかもわからないまま、ただその腕を離したくないってことだけは確かで。


「先生……っ……」


なんでだろう。
なんでこの腕を、離せないんだろう。

もう片方の腕も、伸ばした。

両方で掴んで、そのままそっと引く。


「ちょっ────」


戸惑う素振りを見せながらも、先生は私の手を振りほどかない。
そのまま、私の身体に近付く。


「やめなって」

「じゃあ帰るとか言わないで……!」


また、引く。
もう少しで肩が触れ合いそうなところまできた。


「先生……」


どくんどくんと鳴る心臓。
さわりたい──このまま、先生の身体に。

ぐっ、と引いた。


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