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水蜜桃の刻
第3章 その唇


「わ」


バランスを崩した先生の身体が私の身体にぶつかった。
その腕にしがみつくようにする。
先生の匂い。
……たまらなく、好きな匂いだって思った。


「だめ」


でも、途端に先生が低い声でそう言う。
有無を言わせない声だった。

びく、と思わず震えた私の身体。
咄嗟に手を離す。

浮かれていたかのような頭の中が、一気に冷やされて。


拒否された────。


「う……」


いつも優しい先生に、明らかにそう……拒否されて。
憧れの先生に、拒まれて。
思わずぽろぽろと、涙が零れ落ちる。


「……え?」


泣き出した私に戸惑うような声を漏らす先生。
ええっ……? と困ったように溜め息を吐く。


「……わかった。わかったから」


そしてやがて、そう言って私の肩を軽く叩いた。


「ちゃんと時間までいるから」


ね? と。
さっきの口調が嘘のように、今度はまるで子供に言い聞かせるかのように言う。


でも。
それが私には、何だか。


「……子供扱い、しないでっ……!」


こみ上げてきた感情に、その手を思わず振り払った。
いろいろわかってるくせに、知らないふりを決め込む先生に、なんだかもう私の頭はぐちゃぐちゃだった。


「知らないふりされる方がやだ……っ」


見ないふりをして。
そうやって冷静なままで。


なんで?
なんで私ばっかり?
私の感情ばっかり乱れてるの?


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